テディ・ベアとGAYTM
さすが、と唸ってしまった。
ANZのマルディグラ・キャンペーン。
https://www.social.anz.com/mardigras/
ANZはオーストラリアの銀行で、マルディグラは世界最大のゲイ・パレード。
まずはこの動画を見てもらえれば、だいたいのことは分かる。
2009年くらいにシドニーに住んでいたとき、このマルディグラに遭遇した。
衝撃を受けた。
その規模と、街中がお祭り騒ぎの雰囲気に圧倒された。
ヘテロもゲイもレズビアンも関係なく、老若男女関係なく、皆が楽しそうに騒いでいた。
(もちろん、眉をしかめている人もいるのだろうけれど、そんなのどんな祭りだって同じだ)
ゲイとレズビアン、と一口に言っても、かなりの多様性があることにも気づかされた。
ドラァグクイーンもいれば、ボンテージもいれば、テディ・ベア(サンタみたいに髭面で太っちょのおじさん達の総称)もいた。
そして、一緒にパレードを眺めていた友人のオシャレ・ゲイ・カップル(ブルックリンにでもいそうなタイプだ)は「イヤだわあ、テディ・ベアよ。気色悪い」みたいなことを言っていた。
ゲイやレズビアンの世界にだって、好き嫌いがあるのだ。
(改めて確認するまでもないだろう、と言われると思うけど、そういう当たり前のことが腹に落ちたのだ。)
もっと驚いたのは、銀行が、パレード車を出していること。
もちろん会社のロゴがバーンッと入っている。
それだけじゃない。
パレード車に乗っているのは、ゲイやレズビアンの行員たち。
「Hi!」とか言いながら満面の笑みで手を振っていた。
これには、唸らされた。すごい。
コンサーバティブになりやすい銀行が、ゲイ・パレードにパレード車を出す。
多様な恋愛や結婚のあり方を支援します。
多様性を受け入れます。
ゲイやレズビアンでも、気持ち良く働くことの出来る銀行です。
そんなメッセージが、費用と時間をかけてコミュニケーションすべきポジティブな響きを持つのだ。
もちろん歌舞伎町にだってゲイ・パレードはある。
でも、あくまで「一部の(変わった)人たちのためのイベント」だ。
周囲の人々は、遠巻きに静かな観衆として眺めるだけだ。
(別にそれが悪いわけじゃない。ただ単に、違う、というだけだ)
シドニーの熱狂の中で、そんなことを考えていた。
そんな国の、そんな銀行が、パレードの日にやったキャンペーン。
GAYTM. ゲイティーエム。
もう、名前からして、一本取られた感。
パレード車を出すなんて生半可なものではなく、銀行の顔たるATMをメディアにして、マルディグラをサポートするってメッセージを発信しちゃう。
ATMをレインボーにラメラメのデコデコにしてしまい、GAYTMと名付けちゃう。
それを、ゲイやレズビアンはもちろん、(いわゆる)普通の人たちも大絶賛する。
"My bank is better than yours"とか言いながらGAYTMの写真をソーシャルメディアにポストしちゃう。
でも、彼らだってはじめからそうだった訳じゃない。
1978年にゲイの権利を求める大規模なデモがシドニーで巻き起こり、ニューサウスウェールズ州では1984年に(僕が生まれた年だ。今からちょうど30年前ってことになる)同性愛が犯罪でなくなった。
今から30年前まで、シドニーでは、同性愛は犯罪だったのだ。
30年後、同性愛は、賞賛すべき多様性のシンボルとして、銀行のマーケティングの題材にまでなっているとは、46年前にシドニーでデモで町を練り歩いていた人たちは思っていなかっただろう。
そして、その取り組みが、こんなにも明るく、FUNでポップなものとして成り立っている。
そこにマルディグラの突き抜けた明るさに水を差すようなシリアスな影はない。
それはまさに、マルディグラのDNAを受け継いだようなキャンペーンだ。
マルディグラは、みんなのお祭りだ。それは底抜けに明るい。楽しい。
政治的メッセージや価値観の主張は、底の方にひっそりと存在している。
あくまで皆、単純にお祭りとしてそれに参加し、受け入れている。
そういう空気を纏った素敵なキャンペーンが、30年前の人々のシリアスなデモの子孫として、産み落とされている。
オーストラリアという国を包む、あのあっけらかんとした気楽でイージーゴーイングな性質が生んだ(そう、そしてそれは30年前は恐らくなかったものなのだ。あるいは、かなり限定されたものとして存在していた)、多様性を受容する空気。
そんなことを、ANZのキャンペーンを見つけてしまって、仕事の進まない土曜のオフィスで考えた。