激しい濁流と理念の必要性

ここのところ、時代の流れが速くなってきているという。

さらにはそれだけじゃなくて、いろんなものがごちゃ混ぜになって複雑になっちゃってる。

何だかもう大変な時代なのだ。


流れが速いからすぐ近くにしか眼がいかない。

ごちゃ混ぜのめちゃめちゃだから、何が良くて何が悪いのかもよくわかんない。

先行きも見通せない。


ちょうど、コースもゴールも設定されていないF1レースみたいな感じだ。


で、だから、わかりやすい目標、それを目指そうぜって思える目標が求められる。

日々の判断の軸となるような、生き方の指針とか価値観みたいなものも欲しくなる。

強いヴィジョンを持った、リーダーシップを取ることのできる、そんなヤツの登場が待望される。


ダーレンドルフは、それはそれで危ないべって言ってたわけだけど。

そういう、価値観の指標みたいなものが失われた時代には、新興宗教とか詭弁が罷り通るなりってね。


でもまあ、だからキリスト教的価値観がいかついアメリカを目指せってわけにもいかない。


創発Web 2.0でオープンイノベーションでIT直接民主主義で...
かっこよさげなんだけど、そういうのもよくわかんない。


うーん、いやあそれにしても難しいねえ。
へへへ