風は人間のために吹いているのではない

今、原研哉さんの『デザインのめざめ』という本を読んでいる。
薄くて軽くて文字が少ないセンスのいい本が読みたくて、ふらっと立ち寄った書店で手にとった。


もうちょっと読み応えがほしいな、と思うくらいに軽やかで、つかみどころがない。
でも「ほう」とか「へえ」とか「なるほど」とけっこう思わされるし、「はっ」とさせられることも何度かあった。


物足りないけど、いい本だ。
物足りないのが、いいのかも知れない。自分の頭で考えるきっかけになるから。


いつまでも出口が見えない仕事に疲れた日曜の夕方にページを繰ってみたら、こんな言葉を見つけた。

自然は強靭で、風は人間のために吹いているのではない。

アマゾンの濃密な自然のただ中で感じた、恐怖の影についての言葉。


「おお」と思った。


ちょうど昨日の夜に読んでいた漫画のキャッチコピーみたいな言葉だったから。
『星を継ぐもの』っていう名作SF小説の漫画化作品なんだけど、物語の核になるのが「風」なのだ。


強すぎる、あまりにも過酷な「風」の存在という仮説が、人類の進化、恐竜の謎、様々な物事を結びつける鍵となって物語が展開する。


(これは文句なく面白かった。4冊で終わり、というのもイイ。
前に観た『プロメテウス』って映画なんて、この小説の着想を間借りしたな、と思った。
映画は、どうしようもなく、つまらなかったけど。)


こういう偶然に何かと何かが繋がる瞬間が、とても好きだ。
別にそれで何かが起きる訳ではないんだけど。


最後にひとつ。
今日Twitter星野道夫さんの『旅をする木』の一節に出会った。

いつか、ある人にこんなことを 聞かれたことがあるんだ。
たとえば、 こんな星空や泣けてくるような夕陽を 一人でみていたとするだろう。
もし愛する人がいたら、その美しさや そのときの気持ちを どんなふうに伝えるかって?
写真を撮るか、 もし絵がうまかったらキャンバスに 描いて見せるか、 いや、やっぱり言葉で伝えたらいいのかな。
その人はこう言ったんだ。
自分が変わってゆくことだって・・・・・
その夕陽を見て、 感動して、 自分が変わってゆくことだって。