円周率をめぐる冒険

ガザの空爆が続いてる。
(もちろん戦闘で人が死んでいるのはパレスチナだけじゃない。
スリランカでは政府軍が反体制派の本拠地を制圧し、
インドでは独立を求めるアッサムの人々が再びテロを行なった。
ぜんぶウェブクリップで流れてきたニュースだ。
実際に、昨日や、今日に、戦闘で誰かが殺し誰かが殺されてる。
すごくホントっぽくて嘘くさいフィクションみたいな、本当の話だ)
「当然」ハマスイスラエルにロケット弾で「報復」する。


アメリカは安保理イスラエルを非難する決議案に反対した。
("Veto"は今だってちゃんと存在している。冷戦時代に跋扈した過去の遺物なんかじゃない。)
なぜならハマスが「最初にしかけた」から。「責任」はハマスにある、ってね。


地上侵攻の用意も着々と進められている。
ガザ地区に住む「外国人」は退去させられた。
EUサルコジも、停戦に向けて関係各国の首脳訪問予定を発表した。
国境を超えて制度を分かち合うことと日々向き合っている彼らなら、この連鎖を止められるだろうか?


一体、誰になら止められるんだ?そもそも止める権利なんてあるのか?
イスラエルの与党の支持率が上がってる。
かつて家族を殺され、今この時もテロにおびえる彼らの選択を責めることができる人がいるんだろうか?


何だかただただつるりとした情報を編集しているだけのような気分になってくる。
たまたま通りかかったブログで、こんな意見に出会った。
「少なくともユダヤ人でもパレスチナ人でもない日本人としては、想像で問題に加担し(文章を書き)自己満足に浸るようなことはすべきではない。そんなことをするくらいなら、再び(彼はかつてガザで医療活動に従事していた)目の前の難民を助けるために働くか、最初から問題として問わない方が遥かにマシだ」
そうなのかも知れない。少なくとも彼はそこでファラフェルを食べ、人々のために汗を流した。
それでも彼は、そう考えている。
僕にとっては、行ったことのない場所の、顔も知らない人々の話だ。


...そうかな?
藤田先生はまた怒りに震えているだろうか。
もう現地入りしていて、知らぬ間に拘束なんてされていないといいけれど。
それとも、半島の畑で悲しい目をして俯いているだろうか。


このニュースを聞いてSheehanはどんな表情を見せるかな?
戦略的意義を説くHarvardの友人に、真摯にその悲しみを伝えているのかも知れない。
Frankは、何をイランの子供たちに話すだろう?
あの夏の思い出を語ってくれるかな。*1


EUの外交と安全保障を司るソラナは(つまり彼も今回中東に行くことになっている)、こう言っていたはずだ。
「外交は円積問題のようなものだ」


ある長さの半径を持つ円があるとき、定規とコンパスによる有限回の操作でそれと同じ面積の正方形を作図できるか――
それこそ三千年近く前から、バビロニアの数学者も、古代ギリシャの好奇心旺盛な哲学者も、ケンブリッジに招聘された閃きの天才もその解を求め続けてきた。


そして1882年、円周率の超越性が証明され、円積問題はその実現が不可能であることが判明している。
"square the circle"は、無駄な努力をする、って意味だ。


それでも、その実現を信じた人々によって、かなり(僕からすればもうぜんぜん気にならないような誤差で)近似する正方形の作図がなされてきた。
また、数学者のこだわりに驚かされるのは、その実現が不可能だとわかった後にもより美しい(つまりシンプルな)近似作図法が考案され続けてきたということだ。


おまけに付け足すと、ある種の非ユークリッド空間においては、この作図は可能なんだって。


ソラナにとっての円積問題の意味合いは、現実的な諦めだろうか?
決して消えることのない、燃え盛る情熱かな?
それとも、不可能を可能にする新たな"何か"?