空を覆う

家にひとり
外は風が強いみたいだ


ブリスベンにいた頃はこの大陸に秋なんか来ないんじゃないかと思ったけど
やっぱりちゃんと街の空気は冷たさを増して、クージービーチで寝そべる人の数も心なしか減ったようだ


レニはハイヒールとトップスの組み合わせについて僕を質問攻めした後で楽しそうに出かけて行った
普段ジーパンとパーカーの女の子がおしゃれをすると、すごく奇麗に見えるのはなんでだろう


バケットを薄くカットして、しいたけとひき肉のボロネーゼを載せて食べる
にんにくとバジルがきいていてうまい。ダミアンのストロングボウを一本もらう


明日、日本に帰る。半年間の旅が終わる
たくさんの人に出会った。ゆっくりと時を過ごして、いろんな言葉をもらった


もしかしたらこれが最後かもしれない
そんな想いが心のこもったメッセージを贈ってくれたのかも知れない


彼らの言葉を胸に刻む 彼らの表情を脳裏に焼き付ける
それを前に進むエネルギーに変えて、明日からまた日々を這いつくばっていかなくちゃならない
それはまた この先立ち止まったときに振り返るべき場所になるはずだ


林檎の酒に酔い ふとあの夜を思い出す
ぶどう畑と山々に囲まれて 僕らはワイナリーの一角にある家のベランダで語り合った


「見ていてくれ。必ずや世界は変わる」
アブドゥルが言う。彼はサウジ政府から送り込まれた生徒のひとりだ
「これは知識を吸収するためだけのプログラムじゃない。サウジの人々の、そして世界の人々が分かり合うための第一歩なんだ」


シーシャを囲み林檎の香りのする煙とワインで酔ったみんなは とろけるような時間を味わっていた
空は半ばほど雲が覆っている 静かな夜だ


空を覆おうぜ


そう言って 僕らは深く吸い込んだ甘い煙を吐き出した
シーシャの夜は長い 時は止まりすべてがゆっくりと回り出す


一週間僕の家に泊まっていた洋平はタイヨウさんの家に行くと言って出て行った
もうすぐ彼は また長い長い旅路をゆくことになる


日が沈んだらテントに入って、ぼーっと星を眺めます
朝早く目覚めて、心地よい空気の中を走ると最高に気持ちいいんです
走りながらいろんなことを考える 頭がからっぽになると今度は昔の記憶がどんどん湧いてくるんです
自転車で旅をしてると、文明のありがたみが身に沁みますよ
あ、そういや久しぶりに食べたケンタッキーフライドチキンは、今まで食べたものの中で一番うまかったっす


彼はそんなことを言っていた
僕はその文明の最前線に、ケンタッキーフライドチキンを揚げる熱せられた油の中にまた戻る
静かな星とめくるめくシーシャの夜はしばらくおあずけだ


みんな
ありがとう、さようなら
また会う日までそれぞれの場所でそれぞれのやり方で何とか生き抜こうじゃないか


そしてまた 出来ることならば笑顔で
ワインを片手に シーシャの煙に巻かれて
いろんな話をしよう ぶどうに舌を林檎に鼻をあずけ 歌い踊り 笑いあおう


その日まで、さようなら