あの坂をのぼれば、海が見える。

匂いがきちんと匂い、涙は本当に温かく、女の子は夢のように美しく、ロックンロールは永遠にロックンロールだった。映画館の暗闇は優しく親密であり、夏の夜はどこまでも深く、悩ましかった。


さっき読んでいた本に出てきた、13才の時に見えていた新鮮な世界についての一節。
ロックンロールが永遠にロックンロールで在り続ける世界。
夏の夜の胸の高鳴りがいつまでも続く世界。


僕は13才じゃなくて、もっと後のことを思い浮かべる。


陽の光が暖かい散歩道で、木陰で本を読んだ日々のことを。
あの日みんなで抱き合って、その後叫びながら校庭を走り回った時のことを。
安らぎと高揚が一緒くたになって押し寄せた、あの夏のキャンパスの夜のことを。


今はどうだろう、と考える。


興奮で夜眠れないこともあんまりない。
音楽を聴いてドキドキすることも減った。
よく分からない物事に惚れ込んで没入するようなことは少なくなった。


日常は新鮮さを失い、しがらみや迷いや悩みがいつも付きまとう。
日々の輝きと濃密さは翳り、思い出そうとしても尻尾さえ掴めないような一日が増えていく。


ちょっと大げさだけど、でもまあ、そういうことなんだろう。
哀しいけどそれが年を取るってことなんだよ、ってどこかの渋いおっさんが言ってくれるだろう。
鈍くなる感性と、年々増えていく悩みと一緒に人は大人になってくんだよ、って。


でも、今でも、突然世界が色づく瞬間は訪れる。


新たな視点に気づいて、バスーンと展望が開けたその時に。
何かが動いて、可能性が広がるあのワクワクを感じるその時に。
あるいは夜に誘われて、かつて広がっていたカラフルな世界に包まれた時に。


それを求めて、今日も小さい一歩を前に進める。
明日には三歩後戻りして、それからしばらくは立ち止まって、自分でもどれだけゆっくりした足取りなんだと苦笑したくもなるけど、そうやってじりじり生きてる。


鮮やかな世界が垣間見える、鮮度抜群の空気を吸い込む、その瞬間のために。


あの坂をのぼれば、海が見える。


そう信じて、歩くのだ。